二度の乳がんを経験し現在も治療中にも関わらず、日本語教師や母親の介護、カフェの運営など、パワフルに活動する小林あい子さん(67歳)。5年前に主治医から「あなたのがんは5年ほどが勝負だから、残りの人生で好きなことをやってください」と宣告されたその日から、エンディングノートに30個のやりたいことを書いてすべて実行してきました。

抗がん剤治療を終えて5年経った今も、脱毛した髪は元には戻っていません。しかし、あい子さんは自身が日本語を教えている生徒に「先生はもう胸もないし、髪もないし、お金もないのよ」と冗談を言って笑い飛ばしています。

あい子さんの底なしのポジティブさや、エンディングノートの最後の目標であったカフェに込められた想いを伺いました。

二度の乳がんの告知、涙の夜を越えて


――乳がんを経験したのはいつですか?

一度目は35歳、二度目は62歳のときです。一度目の乳がんが発覚したときは乳頭から出血がありました。でもそれ以外は症状が全くなかったので、乳がんだと知ったときは驚きましたし、ショックを受けました。ステージが0~1の間と初期だったので、治療は少なく済んだのが幸いでした。

二度目の乳がんが発覚したときは胸に痛みがありましたが、父親の介護が忙しく、検診を受けるのを3か月ほど先延ばしにしてしまいました。結果はステージ2。リンパ節への転移も確認されました。主治医からは「あなたのがんは5年ほどが勝負です」と宣告されました。「私、死んじゃうんだな……」と思ったら涙が止まらなかったです。告知を受けた日は弟に電話し、大泣きをしながら話を聞いてもらったことを覚えています。

――がんを告知されたショックから、どのように立ち直ったのでしょうか?

自分でも不思議なのですが、一晩泣いたら不思議と吹っ切れたんです。たくさん泣いて、気持ちを吐き出したのが良かったのかもしれません。悲しい気持ちも、弱音もすべて弟にぶちまけました。そうしたら「こんな人生も悪くないか」自然とそう思えたんですよね。

私はやりたいことを行動に移すのが速い性格です。二度目の乳がんが発覚してすぐにエンディングノートを作りました。そして自分のやりたいことを30個リストアップして、一つずつ実行していこうと決めました。

エンディングノートに掲げた30個のやりたいこと


――実際にどのようなことを実行しましたか?

やりたいことリストの内容のほとんどが、友人に会うことでした。私は若いころに海外で働いていたので、世界中のあちこちに友人がいるんです。たとえば「オーストラリアにいる友人と一緒にコアラを抱っこしたい」「熊本にいる友人と一緒にとんこつラーメンを食べたい」などと掲げて、実際に会いに行きましたね。

もう一通り会いたい人にも会えて、最後に残ったやりたいことが「カフェを開くこと」です。私は都内在住ですが、カフェを開く場所は地元である茨城県鹿嶋市にしようと決めていました。母親の介護が必要だからです。そして2024年1月、念願だったカフェ「いっぷく」をオープンしました。

エンディングノート

――なぜカフェをオープンしたいと思ったのでしょうか?

「抱えている悩みを吐き出せる場所」「気分転換ができる場所」を作りたいと思ったのが一番の理由です。私は60年以上生きてきて、乳がんの経験のほか、中国残留孤児の通訳や独居老人の家の掃除などのボランティアを通じて、さまざまな悩みを抱える人たちの生活を目の当たりにしてきました。そして、自分にも役立てることはないかと考え、カフェという場を用意したのです。

私は現在もまだ治療中の身ですが、日本語を教えている生徒や友人から「あい子さんは乳がんを患っているのに本当に明るい。話していると元気がもらえる」と言ってもらえることがとても多いのです。だから、私が元気をもらうのではなく、人に元気をわけるカフェができたら素敵なんじゃないかと思いました。

カフェいっぷくの外観

「カフェいっぷく」が生んだ新しい出会い


――カフェの反響はいかがですか?

経営自体は大赤字なんです。近所の人には「あそこのカフェは裕福なオーナーが趣味でやっている」なんて噂されたりしているのですが、実際は全くそんなことはありません。

現在私は、日本語教師とカフェ運営の二足のわらじ生活を続けています。毎週月曜から木曜の午前中までは都内で日本語教師の仕事をし、木曜日の夜に茨城へ2時間以上かけて移動後にカフェの仕込みをしているんです。そして土曜と日曜はカフェの営業です。60歳超えでこんなにハードに動いて、もうくたくたですよ。カフェの経営を考えたら、もっと営業日数を増やせばいいのかもしれません。しかし、25年間続けている日本語教師の仕事も楽しくて大好きなので、現状はカフェは土日のみの営業にしています。

カフェいっぷくの内観

カフェを運営するなかで何より嬉しいのは、私に会いに毎週通ってくれるお客さんがいることです。がんの闘病中で治療の経過を話に来てくれる方や、家庭の悩みを打ち明けてくれる方など、さまざまな方がいます。ウィッグを被っているお客さんに私から話しかけて、互いの乳がんの話をしたこともありました。お客さんたちは「あい子さんに会うと元気がもらえる」と笑顔になってくれます。

カフェでお客さんから悩みを相談されるようになって「私がやりたかったことは、すべて達成できたな」と思えました。だから「赤字でも、まあいいか」そんなふうに気楽に構えて、楽しんで営業をしています。

あい子さんとお客様

――目標をすべて達成した今、この先やりたいことはありますか?

今私が取り組んでいるのが、茨城県鹿嶋市での「乳房再建手術を検討している方へ向けたイベント」の企画です。イベントでは、専門家による講演のほか、実際に乳房再建をした人の胸を見られる機会もつくろうと考えています。

このようなイベントは都内では開催されていますが、地方では見かけません。だからカフェのある茨城で開催したいと思いました。カフェに来てくれている乳がんの患者さんに、イベント企画の話をしたら「絶対に参加したい」と喜んでくれました。このイベントを絶対に実現して、乳房再建に悩む人たちの役に立ちたいです。

「やりたいことは全部やる」毎日を全力で楽しむ人生


――あい子さんはとても明るく前向きです。日々どんなことを大切にして過ごしているのでしょうか?

とにかく毎日を全力で楽しむようにしています。先のことを考えると不安になってしまうので、先のことは考えないようにしています。私は子供もいないし、老後の資金もすべてカフェの開業に使ってしまったので、長生きすることを考えるのが一番怖いんです。乳がん宣告を受けてから、てっきり5年間しか生きられないと思い込んでいたので。

でも毎日を全力で楽しんで生きていると、充実感を感じることができ、たくさん笑うことができるのです。髪が生えてこないときも「これを機にウィッグを楽しもう」とポジティブに考えました。日本語学校の生徒に「先生、昨日は髪が短かったのに、今日は長いね」なんて言われると「そうよ! 明日はブロンドヘアーで来るわ」なんて返答して、みんなで大笑いをしています。

お客様の愛犬と遊ぶあい子さん

「やりたいことを思いついたらすぐに行動する」これが私のモットーです。今年はカフェで、「なりきりユーミン」こと梅任谷駿美(シュンミン)さんのライブを開催しました。私は彼女の大ファンで、思いつきですぐにオファーをしました。チケットはあっという間に売り切れて、大盛況でした。すでに第二回の開催も決定していて、今からとても楽しみにしているんですよ。

そんなふうに毎日を過ごしていると「私の人生も悪くないな」と思えます。毎日が楽しければ、それで十分です。毎日へとへとだけど、これからも身体が許す限り私の人生を思いっきり楽しみます。

【店舗情報】

カフェいっぷく
住所:茨城県鹿嶋市小山1102-18
営業日:土曜・日曜
営業時間:11:00~16:00
instagram:https://www.instagram.com/cafe.ippuku/

【プロフィール】

小林あい子さん
茨城県鹿嶋市出身、67歳
旦那さんと猫3匹と暮らしている。
35歳と62歳の時に乳がんの宣告を受け、現在もホルモン剤を服用している。
日本語教師を25年以上続けており、2024年1月に「カフェいっぷく」をオープンした。